お餅は正月に食べるくらいで格別好きと言う訳ではないけれど、忘れられない焼餅の経験が僕にはある。
ひょんな事から2002年のパリ・ダカールラリー取材ツアーに紛れ込むことができた。お正月のドタバタの中を成田から出国しエコノミーの狭い座席で爆睡して、気が付くとアフリカ大陸に降り立っていた。そのままボロトラックに揺られアタール空港からレース宿営地に向かう
この年のパリ・ダカールラリーにはF1レーサーの片山右京さんがプライベートチームで参戦していた。年末から年をまたいでひたすら砂の中を走りつづける参加者にはお節料理などあるはずがない。ならば届けてあげましょう。ついでに七輪持っていってお餅でも焼きましょうか、なんて軽いノリでアフリカはモーリタニアまでやってきてしまいました。いやはや我ながら無計画な行動である。
有力チームの選手はその日のレースが終わるとヘリで街のホテルへ飛び、そこでゆっくりと疲れを取ることができるが、資金力に乏しいプライベートチームの場合はそんな贅沢はできない方が普通だ。食事だってろくなものは食べられない。毎日がギリギリのなかでの闘いだ。チーム片山もその日、夜遅くなって宿営地に到着してテント泊。翌日は休息日だったので、はるばる日本から持参したお節料理をご馳走することができました。
レトルトのきんとんや田作りをお皿にあけてささやかなお正月を祝っていると、周りの外国のチーム(って僕らもここでは外人だけど)の連中も面白がってのぞきにきた。確かにこんなところで日本の伝統的新年お祝いの料理はなかなかお目にかかれない。
お節を楽しむ片山さんたちを横目に、こちらは本日のメインディッシュにとりかかることにしよう。持参した小型の七輪と豆炭で火を熾す。乾燥しているから火付きはいいが炭火は安定するまでにすこし時間がかかるのです。その間にかばんの中から醤油、海苔を取り出す。
そう、サハラの砂漠で磯辺巻きを焼いてやろうというのが今回のたくらみなのです。
落ち着いてきた炭火でモチを焼き始める。炭火でモチを焼く良さは、遠赤外線で中までふっくらと火がとおるので表面に程よい焦げ目がついた頃に中からぷっくり膨らむという理想的な焼餅を作れることにある。ほらほら、そろそろ餅がいい具合だ。餅に醤油をまぶしてまた焼き網の上に戻す。
焦げた醤油の匂いがサハラの乾いた空気の中に立ち昇る、。
『うわあ!!』
その瞬間チーム片山のスタッフの目が輝き声にならない声が漏れる。こげた醤油の香ばしい匂いほど日本人を力づけるものはないよね。餅の表面の醤油が程よく焦げるのに併せて海苔を七輪の上で往復させてあぶると、今度は香ばしい海苔の香りが立ち昇る。
『おおおお』
もう周囲は悶絶寸前。
焼きあがったアツアツの餅に海苔を素早く巻き、片山さんとナビの林さんに手渡す。
はふはふ! 片山さんがアツアツのにかぶりつく。
磯辺巻きをほおばった林さんが「今までの人生で食べた中で一番旨い餅だ」と唸った。
その瞬間料理っていいよねとしみじみ思いましたね。大げさかもしれないけれど、自分が作った料理を誰かにご馳走するということは、生きるチカラをその人にプレゼントしてあげるということだ。そんな実感をかみしめた。
そのとき誰かが唐突に
「海の匂いがする!」と叫んだ。
焦げた醤油のにおいと海苔の香り、だから磯辺巻きっていうんだよね。そこにいた誰もがそう思い至って笑い出した。カラカラに乾いたサハラの空に笑い声と磯のかおりが立ち昇り、真っ青な空にそのまますいこまれて消えていった。
(この回完食)
付記
この年のパリダカールラリー(正式名称:アラス―マドリード―ダカール・ラリー2002)に初参加したチーム右京は
総日数17日約10,000kmの過酷な道のりを征し総合40位で完走した。
Recent Comments